私が水戸を去る時に本当に欲しかったのは
別離の挨拶ではなくて、
別離を惜しむ声だったのです。


だから、丸井のお気に入りのレーベルの
店員さんが(たとえ商売上から出た言葉であっても)
心から残念そうにしてくれたことが
とても嬉しかったのです。


私が別れを惜しむ総ての人から、
同様に別れを惜しんでもらいたいと願うのは
贅沢なのかな?
惜しんでもらえないことに苛立ち、
拒絶されたと断じることは
子供っぽい僻みなのかな?
自分の中に泡のように沸き立つ
こんな感情に苛まれて途方に暮れています。